4学会の協力によるシンポジウムを終えて
ニュースレター vol.16 no.5(2013.12.13)より
杉山精一(日本ヘルスケア歯科学会代表)
●「Cariology」大学教育での取り組み
私たちの会では,切削修復からカリエスマネジメントへの転換が必要であるということについて,1998年の研究会設立当時から繰り返し語られヘルスケアミーティング等で取り上げてきたが,残念ながら日本のう蝕治療を変えるということには至っていないのが現状である. う蝕は,歯周病とともに歯科の中でもっとも一般的な疾患であるが,この疾患についての専門学会が存在しない.今回,基調講演の中でZero先生は「歯科では,一疾患にひとつの学会が必要」と説明していたが,日本の大学の現状をみるとこれを実現することは容易ではない.
今回のシンポジウムのディカッションテーマのひとつとして,大学教育の中でCariologyをどのように教育するかを取り上げた.Zero先生からインディアナ大学のCariologyに関する教育カリキュラムの紹介,さらにEU内共通のCariologyに関する教育プログラムの改定を進めている現状についても紹介があった.いずれの内容も,う蝕の疾病構造の変化を背景に,う蝕の診断からリスクアセスメント,非切削治療など,新しい研究成果を学生教育に反映しようという内容であった.インディアナ大学では,Cariologyの研究者9名がその推進にあたっているが,米国全体でそのような取り組みがされているわけではない.インディアナ大学は米国でもトップランナーであり,大学間の差はかなりあり,また,EUではORCAの研究者が中心となって推進していると紹介があった.
大きな物事を変えるには,推進役が必要であるが,日本でこれを担うのが,今回シンポジウムに参加した4学会である.日本のう蝕治療を変えるには,単に診療報酬の1項目に追加するという問題ではなく,臨床におけるカリエスマネジメントの成果をヘルスケア歯科学会が中心になって臨床研究によって明らかにし,学生教育に関わる学会は米国・EUの現状を調べて基礎教育から臨床教育まで切れ目ないCariology教育への転換を進める必要がある.今回のシンポジウムでは,シンポジストはもちろんフロアの大学関係者からも報告をいただいた.困難ながらも日本でも少しずつ取り組みが始まっているように思われた.
規制を変えることも必要
う蝕治療の中でも早期に病変を発見し治療を行うには,様々なフッ化物を利用できる環境が必要である.今回の基調講演の中で,Zero先生から海外と日本のフッ化物の利用環境の違いについて説明があり,さらに「規制を変えることも必要」というコメントがあった.もっとも基本となるフッ化物歯磨剤のフッ化物濃度が日本では1000ppm未満であるが,米国は1100ppm,EUなどは1500ppmで,歯磨剤のパッケージにはフッ化物濃度と使用法がきちんと記載されている.フッ化物洗口剤も日本では要処方薬であるが,海外では一般の人が簡単に購入できる.さらに,海外ではハイリスク者に効果的な高濃度フッ化物歯磨剤も処方薬として使われているが,日本では一切使用できない.
フッ化物利用の違いというと,すぐにフロリデーションを思い浮かべる人も多いが,政治的な合意が必要となるフロリデーション以外にも,規制を変えることで使用が可能になるフッ化物は多くあり,その規制を変えるための取り組みの必要性が明らかになったのは大きな成果であった.
●臨床データの蓄積は重要
Zero先生からは,私の医院における臨床データの紹介について「とても意義があることで学会会員の医院でもぜひこのような取り組みをしてほしい.患者さんから学ぶことは多く,とても重要だ」というコメントがあった.医療機関の臨床データについては,医療機関を受診する患者には偏りが大きく,そのようなデータは国の政策を論ずる際のエビデンスにはならないという批判をたびたび耳にしてきた.しかし,米国では,DPBRN(The Dental Practice-Based Research Network) という臨床医のネットワークをNIHが推進者となって立ち上げ,臨床研究を実施するシステムができていると紹介があった.これは,まさにヘルスケアが取り組んでいるものと同じであり,そのような取り組みには意義があり重要だというコメントは私たちを大いに勇気づけ,会員にとって重要なメッセージとなった.今後,私たちの会は,カリエスマネジメントの成果の発表を中心に,各学会と連携してこの問題に取り組んでいきたい.