「カリエスリスク・アセスメント」についての見解

  

2016年11月 一般社団法人 日本ヘルスケア歯科学会


 私たちは、切削修復をもって治療と呼んでいた時代に、う窩をつくらないカリエスコントロールを提唱しました。それはカリエスリスクを把握し、リスクをコントロールする新しい医療の提案で、それなりに影響力がありました。そこで必要になるリスクアセスメントにおいて、唾液を使ってミュータンス菌や唾液緩衝能などを調べる検査を重視し、またその目標をう蝕ゼロ(カリエスフリー)に置きました。ひとことで表現すると「サリバテストを行いカリエスフリーを達成しよう」というものでした。

 唾液を使うカリエスリスク検査は、必ずしも特定細菌原因説に則ったものではなく、むしろ患者固有のリスク因子を見えるかたちにして生活習慣の改善を促す動機付けの手段として開発されたものでしたが、私たちは個別リスクの診断法として過大な期待を寄せました。う蝕の病因における口腔常在菌の動態は、「生態学的プラーク仮説」(Ecological Plaque Hypothesis)によって説明されるようになり、特定の菌種だけを原因菌とする考え方は再検討を迫られています。

 同じこの20年間に小児若年者のう蝕は減少(有病者率の低下)し、う蝕の痕跡であるう窩の処置ではなく、う蝕という疾患に向かう時代が到来しました。他方、多数のう蝕をもつ少数者が社会階層として偏在する状況も生まれています。このう蝕が偏在する時代のカリエスコントロールには、広く浅い介入も、支払い能力の違いにより患者がふるい分けられてしまうような介入も適切ではありません。う蝕原因菌をターゲットとする考え方も再検討が必要です。

 カリエスリスク・アセスメントは、患者さんの全身状態、生活状況、食習慣、口腔と歯の状態、プラークコントロール、現在と過去のう蝕経験、フッ化物の応用、細菌叢(あるいはその酸産生能)や唾液の状態を初回来院時だけでなく、適切な間隔でモニタリングしていくことが必要です。さらに、これらのコストは、公的に負担され、治療にあたり患者さんのふるい分けとならない配慮が必要です。


※ 上記は2016年に開催された「ヘルスケアミーティング2016『カリエスリスク・アセスメントの科学と患者支援』」での総括として学会から示したものです。