日本ヘルスケア歯科研究会 学校歯科健診 永久歯のう蝕状況

 

 

企画趣旨・解説

 趣   旨

私たちは診療室を訪れた患者さんに対して、主訴を把握し問診で全身状態などの必要な情報を集め、検査を行い、それをもとに診断を下します。診断結果に基づいて適切な処置を行い、結果を再検査して評価します。対象が人から地域に代わっても同じです。地域保健のためには、私たちは地域の実状を把握しなければなりません。地域診断抜きの保健活動は、診断抜きの治療と同じです。

私たちにとって自分の地域のう蝕や歯周病の疾患率がどのような状態なのか、どれだけの地域差があるのか、これは地域保健事業を進める上で欠かすことのできない基礎的な情報です。地域のデータがなければ、優先度の高い問題は何か、優先度の高い地域はどこか、判断がつきません。

学校歯科医であれば、自分の担当校がどれだけ良好な状態に変化しているのか、他の地域と比較検討して今後の学校保健に活かすことができます。そして、その成果が公開されれば、校長、養護教諭はもちろん地域住民はじめ保健所、教育委員会など多職種の専門家が、口腔ケアを入口に健康を考えるきっかけが生まれるはずです。

 経   緯

毎年、全国の小中高等学校ではすべての児童生徒の歯科健診が行われています。そのデータをすべて集めてみよう。「12歳児DMFT全国地図をみんなでつくりましょう」(伊藤智恵、ニュースレターvol.7 no.1)の呼びかけに応えて、全国の小中高等学校の児童生徒のDMFT収集が始まりました。会員が地域のデータを把握し、研究会で集積すれば、日本の疾病構造の現状がたちどころにわかるはず、と思われました。

DMFTとは、一人あたりのむし歯(D)、むし歯で抜いた歯(M)、むし歯で修復した歯(F)の合計で、集団のう蝕経験を表す指数です。とくに永久歯が生えそろった直後の12歳(中学校1年生)のDMFTが、世界的にう蝕経験を評価する標準的なものさしになっています。

日本の学校歯科保健は、開業歯科医が各自治体から委嘱を受け、学校歯科医となって担当しています。学校で児童生徒の保健を担当するのは養護教諭、学校保健を監督するのが小中学校は市町村教育委員会、高校は県教育委員会です。母子保健は保健所すなわち厚生労働省の担当ですが、学校保健は文部科学省。3歳児健診は厚労省ですが、就学時健診は文科省。担い手と法律と監督官庁がバラバラですから、当初から資料収集には困難が予想されました。そこで、資料が集まらないときには行政公文書の情報公開請求を行うことにしたのですが……
ところが、この調査は大きな障害にぶつかりました。

当然存在すると思われたDMFTデータですが、多くの自治体から資料は出てきません。情報公開請求に対しては「不存在」の回答が返ってきたのです。学校保健法では、「健康診断の結果に基づき、疾病の予防処置を行い、治療を指示」することは定められていますが、健診データの集計は義務づけられていません。データを集めることは地域の状態を知り、保健活動に活用する喜びがありますが、存在しないものを存在しないと確認することは、非常に困難です。

 問 題 点

健康を守り育てる診療所では、学校歯科健診の時期が来るたびに、「虫歯があります。早く治療を受けてください」という受診の勧めを手にした子どもたちを迎えて、そのたびに「カリエスリスクコントロールを行っています」「治療の必要なう窩はありません」「う窩に進行させずにコントロールを継続しています」などと報告書に記入し、子どもたちや保護者の方に説明しています。学校健診は、関係者の努力にもかかわらず、予防処置ではなく、依然としてむし歯の処置を勧めるための検査になっています。

このため多くの自治体でデータが集計されているのは「むし歯の処置者数、未処置者数」なのです。むし歯の未処置者を減らし、処置者を増やすことが、子どもの健康に役立つと未だに信じられているからでしょう。しかし、生えたばかりの永久歯の処置は、可能な限り慎重でなければなりません。早期の修復は、生涯の健康と快適な生活を大きく損なう結果になるからです。

当然のように、永久歯のう蝕経験(DMFT指数)を評価することはまったく軽視されています。結局、この調査事業は、健診データがどのくらい無駄にされているかを調べる調査になってしまいました。

結果的に、健診データを毎年学校単位で集計し、地域の保健政策に活かしている市町村、それをすべて統括している都府県があるかと思うと、データの廃棄は当然とする自治体があります。年ごとの学校別学年別のデータがきれいにそろっていて公開されている県(例;滋賀県)もあれば、データそのものがほとんどない県(例;神奈川県)もあります。市町村の税金を使った健診事業でありながら、驚くほどの格差です。そこで、ありのままの調査結果を報告することにしました。

 収 集 方 法

市町村教育委員会または歯科医師会などに問い合わせ、または容易に協力が得られない場合は、市町村に行政文書の情報公開を請求し、「公立保育園、保育所、幼稚園、小中高校で行われた歯科健診の結果について学校別、学年別、市町村別にまとめた処置完了者数、永久歯の処置歯、未処置歯数など」を求めました。

他方、都道府県庁の健康日本21推進担当課長あてに、都道府県で収集された市町村別の12歳児DMFTデータの提供を文書で求めました。

 集 計 結 果

市町村別12歳児DMFTのほか市町村別の12歳児以外のDMFTおよびむし歯の処置者数(率)、未処置者数(率)をこのホームページからダウンロードできます。
なお、1歳半、3歳児の健診データは、8020推進財団などによって公表されています。
 
学校歯科健診の診査の約束ごとは社団法人日本学校歯科医会によって決められています。しかし学校単位の集計についても一定のフォームはありません。このために検査した歯のデータが残されている場合でも、ここに集められた数字は、必ずしも信用度の高いものではありません。

まず、診査の環境・条件・基準に十分な標準化ができているわけではありません。たとえば、どのような歯を<CO>とし、あるいは<C>とするか、基準はありますが、実際には必ずしも共通理解はできていないと考えられます。全国的な比較をしようとするとき、診査基準のバラツキは大きな問題です。しかし、すくなくとも学校別のDMFTを集計・公表している市町村では、年を追って専門家の共通理解が育ちつつあると考えられます。DMFTを集計・公表していない市町村では、診査基準の共通認識が育たないばかりでなく、言うまでもないことですがDMFT指数の経年変化を評価することもできません。

このため県単位、市町村単位でDMFTを集計・利用されているケースを除いて、データが集計されている場合でも、そのデータの内容には様々なバリエーションがあり、数字の信用度は様々です。このうち以下のような例では、DMF歯数が集計されていても「12歳児DMFT指数なし」と判断しました。たとえば学年別にではなく1年生から3年生までをまとめたもの、小学6年生を12歳児DMFTの代表例としたもの(ただし、このホームページからこのようなデータもダウンロード可能)はデータなしと判断しました。D歯数、M歯数、F歯数が集計され、DMFTが算出されていない市町村については、被検者数が明記されている場合には、与えられた数字からDMFTを算出しました。被検者数やM歯数が不合理なもの、不明なものはDMFTを算出していません。学校別にデータが集計されている場合、このような事情で「データなし」となった学校を除いて市町村の12歳児DMFTを求めています。自治体の集計時点で、M(う蝕のために抜歯された歯の数)を意図的に除外している場合にも、「データなし」としました。ただし、そのような算出が疑われる場合でも、自治体が12歳児DMFTと表記している場合には、その数字を12歳児DMFTとして扱いました。中学校の集計には、私立中学、盲聾学校、夜間中学は含めていません。

なお、学校保健統計調査は、毎年全国の数%の施設(2003年度7.5%)が抽出集計され、そこから全国平均値が報告されています。平成16年度の12歳児DMFTは、<2.0>を下回りました。しかし、市町村別、学校別に見ると<1.0>を下回った地域と、いまだに<5.0>を上回る地域が併存しています。有病率が著しく低下した現在、全国平均で12歳児DMFTを語る意味は薄れています。むしろ地域データを集計・公表し、地域診断の基礎データとして活用すべきはないでしょうか。実際にデータを集計・公表している自治体のなかには、より大局的な視点から計画を立て、学校歯科保健をすすめる自治体もあります。

学校歯科健診データの公表を通じて、全国的にデータの集計、管理、公開、活用の進むことを願っています。

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